着色料として用いられる食品添加物、二酸化チタンを解説します 〜川西徹委員インタビュー〜

令和6年1月16日公開

川西委員画像
川西徹委員。食品安全委員会では、食品添加物や遺伝子組換え食品などを担当している。薬学博士

食品添加物に対する市民の関心は強く、さまざまな物質が話題になります。その中でも最近、関心が高まっているのが「二酸化チタン」です。世界各国で白色の着色料として広く使われてきましたが、欧州食品安全機関(EFSA)が2021年、「遺伝毒性の懸念を排除できない」と評価し、欧州連合(EU)で2022年、食品添加物としての使用が禁止されました。一方、英国やカナダ、オーストラリア・ニュージーランドは、EFSAの評価なども踏まえて検討しましたが、EFSAの見解を支持せず、これらの国では使われ続けています。また、二酸化チタンは、医薬品の添加剤としても使われており、EUも医薬品への使用は継続して認めています。

こうした世界の状況を受け、厚生労働省が科学者らに委託した調査や研究の内容について、2023年7月の厚生労働省食品衛生分科会食品添加物部会で審議されました。その結果について、2023年9月の内閣府食品安全委員会添加物専門調査会で報告されました。同調査会は11月、二酸化チタンの安全性について議論し、「現在の知見からヒトの健康に安全上の懸念を示唆する根拠はなく、食品添加物として使用する程度の量であれば、特に問題ない」という意見に集約されました。

同調査会の専門家が、関連する学術論文、EFSAや他国の機関の報告書などを精査しての判断ですが、EUは禁止なのに、と不安を覚える人もいるでしょう。そこで、食品安全委員会で食品添加物を担当する川西徹委員に詳しく解説していただくことにしました。

(インタビュアー:松永和紀委員)

Q1. 二酸化チタンはどのような物質ですか?

【松永】
二酸化チタンはどのような物質で、食品添加物としてどう使われてきたのでしょうか?

【川西】
チタンは、地表付近で10番目に存在量の多い元素です。二酸化チタンはそのチタンの酸化物で、食品に白い色を付ける「着色料」として、世界中で用いられています。

FAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)合同の食品添加物専門家会議(JECFA)で安全性が検討され、二酸化チタンが自然環境や生き物の体の中で不溶性かつ不活性であり毒性がないとする証拠があるとして、1969年に「許容一日摂取量(ADI)」について「制限しない」と評価しました。

日本では1983年に指定添加物として使用が認められ、ホワイトチョコレート、チューインガム、ドラジェなどに白色着色料として用いられています。

図1画像

図1 二酸化チタン
白い粉状の食品添加物で、着色料として用いられている。
そのほか、医薬品の添加剤として錠剤等に使用されている。

Q2.EUで2022年に禁止されましたが、その理由は?

【松永】
EUでは2022年、食品添加物としての使用が禁止されました。どういう理由でしょうか?

【川西】
EUでも着色料として使われてきたのですが、食品添加物として用いられている二酸化チタンの多くはナノ粒子サイズの結晶成分を含み、遺伝毒性を示す可能性があるとする研究報告が複数出ました。そこでEFSAが安全性について再検討しました。その結果、2021年5月に意見書を発表し、「食品添加物二酸化チタンは遺伝毒性の懸念を排除することができず、多くの不確実性を考慮した上で、もはや安全と見なすことができなくなった」と結論づけました。その結果を受けて、2022年にEUで使用が禁止されました。

Q3.遺伝毒性とはなんですか?

【松永】
「遺伝毒性の懸念を排除できない」とは難しい言い回しですね。「遺伝毒性がある」とは断言していないし。具体的にはどのようなことですか?

【川西】
遺伝毒性というのは、物質が直接的または間接的に遺伝子(DNA)に変化を与え、損傷させる性質のことです。遺伝子の損傷が修復されずに突然変異として固定された細胞が異常増殖してゆくと、「がん」となります。遺伝子を傷つけがん化のきっかけを作るというのはとても大きな有害影響なので、食品添加物や農薬のリスク評価を行うときには通常、遺伝毒性の有無を慎重に検討して判断します。

二酸化チタンという物質は、さまざまなサイズの結晶成分でできていますが、その中でもナノ粒子として存在するものが遺伝毒性を持つのでは、と疑われました。ナノ粒子というのは、直径が1ナノメートル(nm)から100 nmの粒子のこと。1 nmというのは1メートル(m)の10億分の1の長さで、髪の毛の太さの10万分の1程度ですから、とても小さな粒子です。ナノ粒子は体積に対する表面積が大きいため、周囲の分子と相互作用を起こしやすく、また大きさが小さいため細胞内へ取り込まれやすくなる可能性も報告されています。

図2画像

図2 二酸化チタンの結晶
二酸化チタンは自然界で、複数の分子が結晶構造を作っている。
ナノサイズの結晶(ナノ粒子)は通常2種類ある(左がルチル型、右がアナターゼ型)。
出典:日本酸化チタン工業会

【川西】
ナノ粒子としての二酸化チタンは、2000年代に入ってから研究開発が加速し、紫外線吸収作用があるとしてスキンケア製品や日焼け止めクリームなどに使われています。また光触媒作用もあり、汚染物質を分解したり抗菌抗ウイルス作用を持つ塗料としての使用も増えています。

そこで、EFSAはナノ粒子としての二酸化チタンについての情報を収集しました。たとえば、液体に二酸化チタンをナノサイズのまま分散・安定化させ、その液体をラットに飲ませて影響をみる試験結果などです。EFSAは細胞試験や動物試験の結果とその不確実性も踏まえ、「遺伝毒性の懸念を排除できない」としたようです。

Q4.EU以外の国では、どう対処していますか?

【松永】
EUの動きは世界的に大きな影響を与えます。EU以外の国も、EUにならって禁止する方向にあるのでしょうか?

【川西】
EFSAの意見書が2021年に公表されたことを受けて、他国でも議論されています。英国では英国毒性委員会などが検討しましたが、EFSAの結論を支持していません。カナダでは、保健省が評価を実施しましたが、発がん性や遺伝毒性の可能性は認めず、「食品添加物としての二酸化チタンがヒト健康に懸念を及ぼすという決定的な科学的根拠はない」と結論づけています。また、オーストラリア・ニュージーランド食品基準機関も検討しましたが、「ヒトの健康に懸念を示唆する根拠はない」と判断しています。

いずれの国も、EFSAが収集した試験結果や報告書等と同じものを検討し、さらにEFSAの意見書も参考にして審議しています。しかし、EFSAとは専門家による結果の解釈が異なり、異なる結論となりました。これらの国は現在も、食品添加物としての使用を認めています。

Q5.日本では、二酸化チタンの安全性はどのように議論されましたか?

【松永】
日本では、二酸化チタンの安全性はどのように議論されたのでしょうか。食品添加物は通常は、食品安全委員会が厚生労働省の依頼を受けてリスク評価を行い、厚生労働省が使用を認めたり禁止したり規格基準を定めたり、というリスク管理を担う役割となっていますが。

【川西】
2021年5月のEFSAによる意見書公表の後、同年12月に開かれた厚生労働省の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会添加物部会で、ナノサイズの二酸化チタンを用いた動物試験を国内でも実施し、そのほかの情報も収集して検討することが決まりました。その後、国立医薬品食品衛生研究所の専門家による動物試験が実施されて、2023年7月、試験の結果や情報収集した報告書が同部会に提出されました。審議の結果、厚生労働省は「二酸化チタンに関する現行のリスク管理を変更する根拠はない」と判断しています。

食品安全委員会の添加物専門調査会は9月、リスク管理の状況について確認するため厚生労働省から報告を受けました。それを踏まえ専門家が、同年11月30日の専門調査会で科学的な議論を行いました。

Q6.日本国内での動物試験は、どのような結果でしたか?

【松永】
日本国内でもしっかりとした調査を行ったわけですね。動物試験の結果はどうだったのでしょうか?

【川西】
国立医薬品食品衛生研究所による動物試験の結果は、学術論文として公表されています。粒径が6 nmの二酸化チタン(図2のアナターゼ型)がラットに90日間、強制経口投与されました。1日の体重1 kgあたりの投与量が0 mgの群、100 mgの群、300 mgの群、1000 mgの群で、それぞれ雌雄ありますから計8群が飼育されました。1群あたり10匹ずつです。二酸化チタンを与えて体重、血液検査、臓器重量、各臓器の病理組織学的検査など細かく調べました。しかし、群間に差がなく、炎症反応や組織の損傷もありませんでした。これらから、ナノ粒子状の二酸化チタンの無毒性量(NOAEL)は1000 mg/kg体重/日と判断されました。

この試験では、DNAの損傷や染色体異常の可能性も病理学的に検討されましたが、一部文献で報告されている異常を示唆する結果は得られませんでした。また発がん性を示唆するような変化もみられませんでした。

なお、試験方法はOECDのテストガイドラインに準拠しており信頼性の高いものです。

Q7.食品安全委員会添加物専門調査会の判断は?

【松永】
専門調査会に所属する専門家の方々の最終的な判断は、どのような内容だったのでしょうか?

【川西】
この試験の結果やEFSAが「遺伝毒性の懸念」の根拠とした試験結果、EFSAや他国の評価機関の報告書の内容などが細かく検討されました。専門調査会に所属する専門家の中には、発がん性や遺伝毒性の専門家がいます。さらに、ナノ粒子の専門家も議論に加わってもらいましたが、EFSAの見解に否定的な意見が相次ぎ、支持する専門家はいませんでした。

ポイントは主に2点であろうと思います。一つめは、EFSAが評価に用いた遺伝毒性試験の質の問題です。in vitro試験と呼ばれる試験管内試験、すなわち、細胞に直接、二酸化チタンを作用させるタイプの試験がいくつも行われ、陽性の結果もあります。しかし、使われている二酸化チタンのサイズ等がさまざまで、食品添加物としては使用されない形状の二酸化チタンが用いられている試験も多く、結果の解釈は困難でした。また、動物試験による遺伝毒性試験で陽性と判定した文献もありますが、ほとんどがヒトでの遺伝毒性を予測するには信頼性が高くない方法で行われており、現在、日本の専門家が「信頼性が高い」と考える動物を用いたin vivo遺伝子突然変異試験の結果を総合的に検討すると、遺伝毒性は陰性と判断されました。

二つめは、食品添加物として二酸化チタンが使われ、経口摂取された場合、そもそもヒトの体内でナノ粒子として存在するのか、という問題です。これは、カナダの保健省も評価においてとても重視したポイントです。二酸化チタンはたんぱく質やその他の食品成分に結合して毒性が低減される可能性がある、と考えられ、体内で、細胞を用いたin vitro試験と同様なことが起きるかどうか不明なのです。そもそも、食品添加物として用いられた場合、体内への吸収量はごくわずかで多くは排泄されることがわかっています。

こうしたことから、調査会の専門家からは現在の食品添加物としての使用を疑問視する意見は出ませんでした。専門家の意見は「現在の知見からヒトの健康に安全上の懸念を示唆する根拠はなく、食品添加物として使用する程度の量であれば、特に問題ない」に集約されたと考えています。

ただし、二酸化チタンの形状、大きさの違い、同時に摂取する食品成分の種類などによって影響が異なってくるのかどうか、試験データが少ないことも指摘されました。今後も安全性について国内外の情報収集に努めることが重要で、新たな知見が得られたときには安全性評価を行うことが推奨される、と座長がまとめています。

Q8.JECFAの再評価の結果は?

【松永】
ちょうど同じ時期に、FAOとWHO合同の食品添加物専門家会議(JECFA)が再評価の結果を発表しました。どのような内容だったのか、教えてください。

【川西】
JECFAも、EFSAや各国の評価を受けて検討しており、再評価の結果を2023年11月24日にまとめています。最終報告書はまだ公表されていないようですが、要約版によるとJECFAも遺伝毒性の根拠は不十分と判断し、1969年の「ADIは制限しない」と同じ意味を持つ「ADIを特定しない」を結論としています。加えて、WHO事務局は、二酸化チタンがどのようなサイズで食品中に分布しているのか、またナノ粒子に適用できる遺伝毒性試験の開発をするために、さらなる研究が必要である、としています。

Q9.日本人はどれくらいの二酸化チタンを摂取しているのですか?

【松永】
多くの国が食品添加物として利用し続けていることは理解するものの、EUの話を聞いて不安を覚える、という人もいるでしょう。そもそも、私たちは二酸化チタンを多く食べているのでしょうか?

【川西】
厚生労働省に尋ねたところ、一日摂取量を直接算出したデータはないとのことで、食品添加物としての生産量から推計すると、日本で1人が1日に摂取する二酸化チタンの量は約0.11 mgだそうです。参考としてJECFAのデータを紹介すると、JECFAは二酸化チタンの推定食事ばく露量を評価し、95パーセンタイル値、つまり、非常に多く摂っている人たちの摂取量を10 mg/kg 体重/日としています。体重55 kgとして計算すると、1人が1日に摂取する量は550 mgです。ちなみに、日本で承認されている口から摂取する医薬品で、添加剤として二酸化チタンが使用されているものにおける最大含有量は、1日あたり384 mgです。

※パーセンタイル:いくつかの測定値を、小さいほうから順番に並べ、何パーセント目にあたるかを示す言い方。例えば、計測値として100個ある場合、50パーセンタイルは小さい数字から数えて50番目であり、95パーセンタイルは小さい方から数えて95番目である

Q10.私たちは二酸化チタンについてどう考えたらよいのか? 最後に川西委員のお考えをお聞かせください

【松永】
おそらく、EUとスイス以外では禁止されていません。それに、EUも食品添加物としての使用は禁止したのに、それより使用量がはるかに多い医薬品への添加剤としての使用は認めていて、とても不思議です。結局、私たちは二酸化チタンについてどのように考えたらよいのでしょうか。

【川西】
二酸化チタンを医薬品添加剤として用いる目的は、錠剤やカプセル剤の表面に添加して着色し、光を遮光して有効成分の分解を防ぐためです。着色としては白色だけでなく、様々な色の製剤の下地としても使われています。医薬品の場合、製剤の着色は有効成分の安定性に大きな影響を与えるとともに、有効成分の吸収にも影響するため、代替品に置き換えることは新たなリスクを発生させます。そのためEUにおいてさえ、医薬品添加剤としては二酸化チタンは従来通り使われています。

食品添加物として使用される場合については、食品安全委員会添加物専門調査会が公開の会合で精密な議論を行いました。意見は、「現在の知見に基づき、ヒトの健康に安全上の懸念を示唆する根拠はない」という趣旨に集約されました。11月の会合の議事録も近くウェブサイトに掲載しますので、それも読んでいただければ、と思います。欧州以外の国際組織、各国の判断と同様に、わが国においても二酸化チタンの使用を継続することが妥当と考えます。

ただし、食品添加物として摂取したナノ粒子の安全性については、今後も世界で研究が進展し、新たな知見が出てくるでしょう。そのため食品安全委員会では、食品に添加して摂取されたナノ粒子の分析、ヒトでの体内動態(吸収、分布)、毒性等に関わる情報収集に努め、研究調査事業なども行いたいと考えております。

川西委員肖像

 

<参考文献>