食品安全委員会の20年を振り返る

第5回 アクリルアミドともやし炒め〜リスク評価のその後は?

2023年(令和5年)10月6日
食品安全委員会委員 松永和紀

 

加熱調理でできる発がん物質アクリルアミド

 

 

 

タイトル画像

  • アミノ酸アスパラギンと還元糖(ブドウ糖や果糖など)を含む食材を揚げる、焼くなど120℃以上で加熱調理すると、生成する
  • これらはごく一般的な栄養素なので、食材を加熱加工したさまざまな食品にアクリルアミドが含まれる
  • 食品安全委員会は、遺伝毒性を有する発がん物質と判断
  • 日本人の平均的な摂取量を調査推定し、2016年にまとめた評価書で「懸念がないとは言えない」と判断
  • 事業者の低減策が進んでいる

「あなたの台所で発がん物質ができていますよ」
そう伝えると、多くの人が驚きます。でも、ほんとうの話。食品を高温や直火で加熱調理すると発がん物質ができます。その一つが、アクリルアミドです。

2002年ごろから注目されるようになり、当初はフライドポテトやポテトチップスなどがやり玉に挙げられ、「悪い食品」と言われたりしました。食品安全委員会は「加熱時に生じるアクリルアミド」について2011年から「自ら評価」を開始しました。食品安全委員会の調査や研究事業、厚生労働省や農林水産省などの調査なども進み、日本人が野菜炒めやコーヒーなどさまざまな食品からアクリルアミドを摂取し、家庭調理でも生成していることがわかってきました。当初の特定の食品や加工調理のレッテル貼りは、科学的とは言えませんでした。

食品安全委員会は2016年4月、評価書をまとめました。食品業界ではアクリルアミドの低減策が進んでいます。食品安全委員会の学術誌「Food Safety」にも2023年、もやし炒めとアクリルアミドについての論文が掲載されました。もやし炒めから見えてくるアクリルアミドの深い真実とは? お伝えします。

アミノ酸アスパラギンと糖類から生成

アクリルアミド(CH2=CH-CO-NH2)は、図1のような構造式であらわされる物質で、水に極めて溶けやすい性質を持っています。スウェーデン政府などが2002年、「炭水化物を多く含む食材を高温で加熱した食品に、発がん性があると考えられるアクリルアミドが多く含まれる」と発表し、世界中で調査や研究が始まりました。

アクリルアミド

図1 アクリルアミドの構造式(出典:食品安全委員会評価書「加熱時に生じるアクリルアミド」)

アミノ酸の一種、アスパラギンと、果糖やブドウ糖など還元糖と呼ばれる糖類を含む食材を、揚げる、焼くなど120℃以上で加熱するとメイラード反応が起こり、その副産物としてアクリルアミドが生成します。アスパラギン、果糖やブドウ糖は、ごく一般的な栄養素なので、アクリルアミドもさまざまな食品に含まれています。

遺伝毒性発がん物質であると判断

これまで何度かお伝えしたとおり、リスク評価はハザードの特性評価(どのような毒性があるか)と、ばく露評価(どれぐらいの摂取量か)を検討し、それらからリスクを推定します。今回のハザードは、加熱によって生成するアクリルアミドです。
食品安全委員会は、アクリルアミドを用いた動物試験やin vitro試験(細胞を用いた試験管内試験)の結果を検討し、遺伝毒性を有する発がん物質である、と判断しました。発がん性以外の毒性として、神経毒性や雄の生殖毒性などもある、としました。

さらに、ばく露評価を行いました。食品中のアクリルアミド濃度と食品消費量データをもとにした「モンテカルロシミュレーション」による推定や、農林水産省から提出された試験研究データを加えた推定など3通りの方法で算出。国民の1日あたりのアクリルアミド平均摂取量を0.158 μg/kg体重/日〜0.240 μg/kg体重/日と推定しました。

これらから、リスクを判断しました。その際には、遺伝毒性が非常に大きなポイントとなりました。

化学物質が、摂取する量によって健康への悪影響が変わることは多くの人がご存知でしょう。農薬や添加物の毒性について検討する場合、動物試験を行なって無毒性量(有害影響が認められない量)を調べ、複数の動物試験でもっとも小さい無毒性量をその物質の無毒性量(NOAEL)とします。そして、通常はそれを100という安全係数で割って、許容一日摂取量(ADI)を決めます。そのうえで、その物質を正しく使えば日々の摂取量がADIを超えないことを確認したうえで、農薬や食品添加物の使い方や使う量、残留基準などを決め、リスク管理します。
図2の概念図の右側の曲線になる化学物質群です。

ところが、物質に遺伝毒性がある場合は異なります。遺伝毒性ありというのは、その物質がDNAに変化を与える性質を持つ、ということ。どんなに少量でも悪影響を生じ、「無毒性量」は設定できない、とされています。
図2の概念図の左側の曲線です。

化学物質の健康への悪影響の概念図
図2 化学物質の健康への悪影響の概念図

遺伝毒性のある発がん物質は無毒性量を設定できないので、原則として農薬や食品添加物としては認められません。使わないことで摂取量をゼロにします。
一方、アクリルアミドは加熱調理で自然に生成する物質なので、遺伝毒性のある発がん物質ではあっても含まれることを禁止するのは無理。リスクゼロにはできません。とはいえ、現状の摂取量から見積もるリスクがどの程度なのか、対策が緊急を要するのかそうではないのか、判断が必要です。

ばく露マージン(MOE)でリスクを推定

こうした場合にリスクを推定する手法はいくつかあるのですが、食品安全委員会はアクリルアミドについてはばく露マージン(MOE)を用いることにしました。おおまかに説明すると、動物試験で発がんが認められる量とヒトの摂取量を比較し、どの程度離れて幅があるか、つまりマージンがあるかを数値化します。

具体的には、下記の式でMOEを算出しました。動物試験で発がんが認められる量を決めるにあたっては、ベンチマークドーズ法という数理モデルを用いた新しい方法を適用して得られたBMDL10を用いました。摂取量が多ければMOEは小さくなり、摂取量が少なければMOEは大きくなります。MOEが大きければ大きいほど、安全の程度は高まります。

MOEの算出式

図3 MOEの算出式

BMDL10:動物試験で、なにも与えていない時に比べてがんを10%増やす投与量の下限値(体重1kg・1日あたりの数字で表す)
ヒトの食品からの摂取量(体重1kg・1日あたりの数字で表す)

 

アクリルアミドの平均的な摂取量として推定された0.240 μg/kg体重/日を用いた場合のMOEは708となりました。別方法での推計摂取量なども用いて検討しましたが、発がん影響のMOEはおおむね1000程度となりました。
MOEでリスクを検討する手法は、国際的にもよく用いられています。遺伝毒性のある発がん物質の場合は、MOEが10000未満だと低減対策を実施する優先度が高いと判断されます。

発がん性は「懸念がないとは言えない」

ヒトにおいてアクリルアミドの摂取量と発がんリスクの関連を調べる「疫学研究」の結果も世界から集めて検討しました。しかし、一部の研究ではリスクの増加がみられたものの、多くの研究はリスク上昇が認められず一貫性がなく、影響は明確ではありませんでした。

これらから、食品安全委員会はアクリルアミドの発がん影響について「公衆衛生上の観点から懸念がないとは言えない」と結論づけました。そして、「ALARA(As Low As Reasonably Achievable)の原則に則り、合理的に達成可能な範囲で、できる限りアクリルアミドの低減に努める必要がある」、としました。
この結果は、厚生労働省や農林水産省などリスク管理機関に伝えられました。

ちなみに、食品安全委員会は発がん性以外の神経毒性や生殖毒性についてもMOEを算出してリスクを推定しましたが、こちらは「極めてリスクは低い」となりました。

なお、国立がん研究センターが全国の約10万人を対象に1990年代に食事調査を行った後、対象者を10年以上にわたって追跡して健康調査を行い、どのような食事をしていた人でがんリスクが高いのか、調べています(JPHCスタディ)。
アクリルアミドについても、多数の研究結果が2018年ごろから論文として発表されていますが、どの部位のがんも、アクリルアミド摂取量が増えるとリスクが上がる、というような関係は見出されていません。
つまり、アクリルアミドは遺伝毒性発がん物質であり摂取量を減らしたほうがよいものの、現在の日本人の摂取量ではリスクが顕在化するほどではない、と言えるのかもしれません。

事業者は、低減に取り組んでいる

ともあれ、アクリルアミドの摂取量はできる限り減らすよう努める必要がある、となりました。では、具体的にはどのようにして減らしたらよいのでしょうか?
評価書には、多数の食品を分析したデータも記載され、これらや調理試験のデータなどを用いて多めに見積もった場合の食品群別アクリルアミド摂取量は、図4のように推定されました。この試算では、日本人の摂取の56%は、高温調理した野菜(炒めたもやしやフライドポテト、炒めたたまねぎ、炒めたれんこんなど)から、と推定されました。

日本人のアクリルアミド推定摂取量

図4 日本人のアクリルアミド推定摂取量(出典:食品安全委員会20周年記念誌)

このあたりに、アクリルアミドの低減対策の難しさがあります。アクリルアミドを排除しようとすると、野菜の高温調理はダメ、となってしまいます。しかし、野菜はビタミンやミネラル、食物繊維なども多く含み、野菜を多く食べると病気のリスクが小さくなる、という報告が多数あります。さらに、炒めたり揚げたり、という高温加熱は、食品をおいしくし栄養をとりやすくし、殺菌もできるすぐれた調理法です。高温調理した野菜に続いて寄与率が高いとされた飲料(コーヒーや茶類など)も、生活を豊かに彩ってくれ、健康によいという研究報告も目立ちます。

こうした食品のベネフィット(便益)も取り入れ、バランスのよい食生活の中でアクリルアミドの摂取量を低減しなければなりません。リスク管理機関である農林水産省や厚生労働省の危機感は強く、とくに農林水産省は食品の実態調査や生成条件の研究、食品中の濃度の低減策の開発、事業者の指導など続けてきました。

事業者は、原材料の品種や保存方法を変えたり、添加物をうまく使ったり加熱時間を減らしたり、焦げた製品を取り除くなど工夫し、アクリルアミド濃度の低減に努めています。
農林水産省の調査によれば、ポテトスナック(ポテトチップスなどの菓子類)の市販品は、2006〜07年度(H18-19)と2017〜18年度(H29-30)の調査の結果、分布が図5のように変化し、濃度が高い製品が減りました。その結果、平均値は1.1 mg/kgから0.53 mg/kgとなりました。フライドポテトの市販品も2007年度(H19)と2017〜18年度(H29-30)を比較した結果、分布が図6のように変化し、平均値が0.41 mg/kgから0.27 mg/kgとなり、アクリルアミド低減が進んでいることが示されました。

ポテトスナック市販品におけるアクリルアミドの濃度分布

図5 ポテトスナック市販品におけるアクリルアミドの濃度分布(出典:農林水産省資料)

フライドポテト市販品におけるアクリルアミドの濃度分布

図6 フライドポテト市販品におけるアクリルアミドの濃度分布(出典:農林水産省資料)

家庭でできるレシピも情報提供

また、農林水産省は家庭調理においてもアクリルアミドを低減できるように、じゃがいもの貯蔵方法や揚げ方、きんぴらごぼうの作り方など、きめ細かく情報を提供しています。
農林水産省のアクリルアミドに関する情報は非常に充実しており、科学的にも読み応えがあるので、ぜひご覧ください。

もやし炒め研究で、シャキシャキの実態が見えてきた

さて最後に、高温調理した野菜の例としてもやし炒めの話をしましょう。食品総合研究所(現・農研機構食品研究部門)は2002年以降、多数の食品中のアクリルアミドの実態解明や低減策開発を手掛けました。その中心となった研究者の一人が、現在食品安全委員会に在籍する吉田充委員です。リスク評価を行った化学物質・汚染物質専門調査会と「加熱時に生じるアクリルアミドワーキンググループ」の専門委員も務めました。

2016年に評価書をまとめる直前に開かれたワーキンググループで、吉田委員が非常に印象深い発言をしており、議事録に記載されています。吉田委員は、野菜の種類や保存の仕方、調理方法などによりアクリルアミドの濃度が大きくぶれることを紹介し、「犯人探しにならないように」「何が一番悪いというような風評被害が起きないように」と強調しました。そして評価に用いたデータについて、「データは不確実性を持っていることを、国民に十分ご理解いただかなければならない」とリスクコミュニケーションの重要性に触れました。

食品総合研究所は、さまざまな家庭にトーストを焼いてもらったり、冷凍ポテトを渡して揚げてもらったりして、アクリルアミド濃度を測定する調査を行い、家庭によってアクリルアミドの濃度が著しく異なっていることなどを把握していました。そうした根拠も踏まえ、吉田委員は発言したのです。

吉田委員

吉田充委員

吉田委員は2013年からは日本獣医生命科学大学で教授を務めましたが、下処理や加熱の違いなどがアクリルアミド濃度にどう影響するのか、学術的に検討する必要がある、と考え、もやし炒めに照準を合わせ学生と共に研究を行いました。

一つの店舗で購入したもやしを材料に、同一のフライパン、IHヒーターを用い、油の量も決めて炒め条件を設定し、アクリルアミド濃度を測定したのです。
その結果、(1)調理前の水での洗浄(表面にあるアスパラギンや糖類が除去される)、(2)加熱ワット数、(3)炒め時間……という条件の違いにより、アクリルアミドの濃度が大きく変わることがわかりました。

加熱条件を変えて作られたもやし炒めと、アクリルアミド濃度アクリルアミド濃度
炒め条件を変えて作られたもやし炒めの画像(左)と、加熱前の洗浄の有無、加熱ワット、炒め時間の違いによるアクリルアミド濃度(右)

図7 加熱条件を変えて作られたもやし炒めと、アクリルアミド濃度(出典:Food Safety 2023)

200gのもやしを無洗浄、1400ワットの高火力で13分間加熱した後のアクリルアミドはもやし1 gあたり5400 ngに。一方、洗浄後、700ワットの火力で5分炒めた場合のアクリルアミドは定量限界の42 ng/gを下回りました。

700ワットの火力で5分加熱だと、シャキシャキのもやし炒めに仕上がります。シャキシャキ好きの人は、アクリルアミドを気にしなくていいよ、というわけです。また、もやしを1.5分茹でたもの、電子レンジで500ワット2分間加熱したものも、アクリルアミド濃度が定量限界(42 ng/g)を下回りました。

結果は、論文として食品安全委員会の学術誌「Food Safety」に投稿され、査読を経て掲載されました。吉田委員らは論文でこう考察しています。「食品安全委員会の評価書では、もやし炒めのアクリルアミド濃度としてもやし炒め1 gあたり752 ngという数字を使い、アクリルアミドの総摂取量が0.240 μg/kg体重/日となった。これは、過大評価だったのではないか。より正確な調査とデータの蓄積が必要だ」

食品安全委員会のリスク評価が悪かった、というわけではないのです。リスク評価するときには、国民のリスクを実際よりも小さくみなすことが絶対にないように、その時点で得られたデータを基にワーストケースの考え方をとりリスクを見積もります。高めのデータが用いられたのは、もやし炒めだけに限りません。そうやってリスク評価をし、対策を講じながら実態把握を続け論文や報告書などとして公表し、さらに対策に活かしてゆかなければならない……。

吉田委員の姿勢は、リスク評価と科学者の持つべき倫理を示しています。農林水産省も調査を続けています。事業者もアクリルアミド低減に努めています。こうした取組を通じて、アクリルアミドの健康リスクは抑えられています。
将来、集められたデータを用いリスク評価をやり直した時に、摂取量が大きく下がっていてほしい、と思います。

<参考文献>