令和3年度食品健康影響評価事業等功労者大臣表彰受賞者インタビュー

令和4年5月掲載

令和3年度食品健康影響評価事業等功労者大臣表彰が行われました

写真左から、田村氏、佐藤氏、若宮大臣、高橋氏、鋤柄食品安全委員会事務局長

(写真左から、田村氏、佐藤氏、若宮大臣、高橋氏、鋤柄食品安全委員会事務局長)

 食品安全委員会は、食品の安全性に関して、食品健康影響評価事業等の推進に特に顕著な貢献をした方の功績を讃えるため、食品健康影響評価事業等功労者大臣表彰を実施しています。
 令和4年4月20日(水)、内閣府において2021年度の表彰式が行われ、下記の3名の方が受賞されました。

佐藤 洋 氏(東北大学名誉教授)    インタビュー記事はこちら

高橋 久仁子 氏(群馬大学名誉教授)  インタビュー記事はこちら
  (※高橋氏の「高」は正しくは「はしごだか」で表記)

田村 豊 氏(酪農学園大学名誉教授)  インタビュー記事はこちら

 表彰式では若宮内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)から3名の受賞者に対し、「食品を巡るリスクも多様化する中で、科学的知見に基づき、客観的な立場で、中立公正に食品のリスク評価を行うことは、食品の安全の確保にとって極めて重要です。また、リスク評価の結果や食品の安全性について、正確に分かりやすく情報提供していくことが不可欠です。この分野で多大な功績があった皆様を表彰できますことは、私にとっても大きな喜びであるとともに、今後、この分野で活躍される人の励みになれば幸いです。」とお祝いの言葉が送られました。

 

受賞者インタビュー

佐藤 洋 氏(東北大学名誉教授)

 佐藤氏は、永年にわたり東北大学等において、水銀及びその化合物の中毒学の研究を主要なテーマにして研究を発展させ、環境衛生学の分野に精通し、幅広くかつ高い識見を有していることから、食品安全委員会設立当初から汚染物質専門調査会専門委員に任命。特にメチル水銀の長期微量ばく露による影響に関する研究の成果は、厚生労働省における水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意喚起や、食品安全委員会におけるメチル水銀のリスク評価書にも活用されました。

 以後も、化学物質・汚染物質専門調査会座長、さらに同調査会に設置された汚染物質部会の座長及び鉛ワーキンググループの座長として、カドミウムや鉛のリスク評価の取りまとめに貢献。特にカドミウムのリスク評価書は、国際的な評価機関であるJECFA(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives)における評価書にも引用されるなど、高く評価されています。

 また、平成23年4月に設置された放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループの専門委員として、放射性物質のリスク評価に貢献し、平成24年7月からは食品安全委員会委員、平成27年7月からは食品安全委員会委員長として、環境汚染物質に関する高い識見を活かし、積極的に食品安全委員会の活動を牽引しました。

佐藤氏の顔写真

(佐藤 洋 氏)

−この度は誠におめでとうございます。受賞に際しての率直な感想をお聞かせください。

(佐藤氏)

 大変うれしく光栄に思っています。食品のリスク評価に関する専門委員や委員として携わっている間は、普段ふれ合うことのできないそれぞれ専門が違う先生方と関わりながら、ともに「国民の健康保護」という一つの目標を目指して仕事をしていました。今振り返れば、その日々は、大変多くの刺激をいただき、また新しい学びも得られて、本当に楽しいものだったと思っています。

 それでさらにこうした賞をいただけたのですから、本当にありがたいことと感謝しています。

−表彰対象となった功績に関する思い出やエピソードなどをお聞かせください。

(佐藤氏)

 一番思い出深いと言えば、やはりこの食品安全委員会ができる前後で関わっていたメチル水銀のリスク評価とそのリスクコミュニケーションではなかったかと思っています。当時、ちょうど食品安全委員会ができる直前でしたが、厚生労働省が妊婦の方向けに魚を食べる際の量などの注意勧告を出し、そのことは社会で大きく取り上げられ、様々な反応がありました。マスコミからの問い合わせも相次ぎ、私自身もテレビに出演してインタビューを受けるなどがありましたが、3週間くらいは本当に大変だったのが印象的です。飛び交う情報の影響で魚が売れなくなるなどの事態もあったと聞いています。その後、食品安全委員会の専門委員として関わり答申したリスク評価は、社会に受け入れられたものと考えており、その点では、情報を正しく伝えることができリスクコミュニケーションもうまくいったと言えると思っています。

 また、その後に行った鉛やアクリルアミドの評価についても、メチル水銀の評価の経験を学びとして、実際に起きうるかもしれない健康影響とばく露の現状とを丁寧に説明してリスクコミュニケーションに努めることができたと思っています。

−食品安全関係者へのメッセージをお願いします。

(佐藤氏)

 リスク評価というのは、「一体何なのか」を常々考えていることが重要で、形だけではダメになってしまうと思っています。個々の評価においては、「なぜやらなければいけないのか」ということを考えながら進めることが良いリスク評価に繋がるし、そうしてできたリスク評価はリスクコミュニケーションにも耐えうるものになると思うのです。

若宮大臣から表彰状を受ける佐藤氏

(若宮大臣から表彰状を受ける佐藤氏)

 そして、それを伝えていくリスクコミュニケーションにも、「どう伝えていくのか」というのはスキルも必要ですが、よく考えながら仕上げたリスク評価自体が良いリスクコミニュケーションのツールになっていくと思います。

−佐藤さんは、長く東北を拠点とされ、震災を経て、放射性物質の食品健康影響評価にも関わられましたが、震災から11年経った今、被災地や食品への風評といったことについての思いなどがあればお聞かせください。

(佐藤氏)

 厚生労働省が最初にメチル水銀に関する注意喚起を出した時も、魚が売れなくなり風評被害と言われました。放射性物質よる風評には当然いくつかの原因があると思っていますが、やはり情報の伝え方というのが上手くいかず、ともすればそれに過剰に反応する声も多く起こったという状況だったのではないかと思います。

 日本人は放射線というものに敏感な部分もあると思うので、情報の伝え方というものが間違った方向の判断にならないようにするにはどうしたら良いのかを考えなければいけません。体に影響のない被ばくは日常にあっても、放射線事故と聞くと健康被害を過度に心配するようになるのは、やはりどこかで伝え方が違ってしまっているように感じるのです。

 つまり、とても難しいことですが、それだけ伝え方は重要なのです。

やはり学校教育の中で生活の中のリスクというものを教えていけるようになればとも思っています。環境汚染物質でも放射線にしても、生活の中でばく露されていることはあるけれども、ある量を超えてばく露されることがないかぎり健康には実質的な影響がないので大丈夫という理解の仕方ができると良いと思います。

 言い方を変えれば、リスクを考え、避けるには「こういうことが起こり得る、だからこう備える」という想像力をもつことも重要です。そういう想像力を養うような教育や、あるいは実は以前から実行されていた「年寄りの知恵」のような考え方や行動の仕方を伝えていけるようになると良いと思います。

高橋 久仁子 氏(群馬大学名誉教授)

 高橋氏は、海外の著書で紹介されていた「フードファディズム」の概念を日本に紹介し、報道や広告における特定の食品や栄養素が健康に有益又は有害であるといった誇張表現等は、消費者に誤認を与え、偏った食品摂取の助長等を招き、健康に悪影響を及ぼす可能性もあると警鐘を鳴らしました。

 さらに、氏は、消費者が、これらの食に関する多くの情報に惑わされず正しく健康的な食生活をおくれるよう、書籍の出版や講演により分かりやすく発信し続けています。

高橋氏の顔写真

(高橋 久仁子 氏)

−この度は受賞、おめでとうございます。先生はなぜフードファディズムに注目されたのでしょうか。

(高橋氏)

 「フードファディズム」とは、「食べ物や栄養が健康や病気に与える影響を過大に評価・信奉する」ことです。

 私がこの概念を知ってから31年が経ちます。きっかけは、食品を万能薬のようにほめそやしたり、逆に有害物であるかのようにけなしたりする食の情報が世の中にあふれていたことです。そして、このような情報が蔓延することにより、健康の基本である、いろいろなものをバランスよく適量食べるということが、消費者の頭から抜け落ちてしまいます。

 日本では普通に流通している食品を普通に食べている限り、身体に悪いことはありませんし、特定の食品がなにかものすごく身体によいということもありません。食品について冷静に考えてもらうために何かしなくてはと思っているときに、海外の文献でフードファディズムという概念を知り、消費者の皆様がフードファディズムに陥らないよう注意喚起し、日常の食品を普通に食べて健康を確保していこうということを広めたいと考えました。

−日常の食品を普通に食べて健康を確保していくというのはとても大切な考え方だと思いますが、このような考え方を伝える方は他にもおられるのでしょうか。

(高橋氏)

 実は、私がやっているようなことには後継者がいません。何かが危ないと言うのは情報として売れるし、何か特定のものが健康に良いと言うのは商品が売れるので、経済的な論理が働き、研究費もつきます。一方、普通に流通しているものはほぼ安全ですということや、特定のものに頼るのではなく、食生活全体を健康的なものにしていきましょうというのはなかなか利益に結び付かないので、研究費もつかず、そのような情報を出す人はあまりいません。

 消費者が安全を求めるのは当たり前なので、害や益を過大に書き立てるのではなく、情報を出す人たちが責任をもって、科学的に正しい情報を出してほしいと思います。

−一時期に比べると、テレビで何か特定の食品が健康に良いと報道され、消費者が一斉にそれを買い求めるという現象は減ったように思います。今後はどのような活動が必要でしょうか。

(高橋氏)

 以前「食べれば痩せる」と放送したテレビの影響で納豆やバナナがスーパーから消えたのですが、その後の顛末を知っている人たちが、テレビの情報にあまり飛びつかなくなったのだと思われます。今回のコロナ禍でも、何かの食品が”免疫力”をアップするという報道はありましたが、大きな流れにはなりませんでした。

 でも、そのような経験をしていない若い方が消費者の層に加わってきているので、今後も同じような話は繰り返されるのではないかと思っています。従って、新しい方たちに向けて、今後もずっと、発信し続けていかなくてはならないと思います。

−最後に読者の皆様にメッセージをお願いします

(高橋氏)

 何かが身体によいとか悪いとかいう情報を見るときには量の概念が重要です。例えば、添加物の表示を見て、添加物の数がたくさん書いてあるからといって、それが身体に悪いわけではありません。トクホで1日1本と書いてあったら、4本飲んではいけません。量の概念については、ぜひ皆さんに知っていただきたいし、広めていただきたいと思います。

 また、安全と安心は違うということも、知っていただきたいです。安全は科学的に担保されていますが、安心は心の問題です。食の不祥事が起こった時も、脅かされたのは食の安全なのか、信頼なのか、その両方なのかをしっかり見極める必要があります。伝える側も受け取る側も、これをごっちゃにしないようにお願いします。

若宮大臣から表彰状を受ける高橋氏

(若宮大臣から表彰状を受ける高橋氏)

 そして、健康の基本は、食事、運動、休養です。食べ物は食べ物であって、毒でも薬でもありません。何か特定の食品を食べ続けたり避けたりするのではなく、いろいろなものをバランスよく適量食べる普通の食生活を心掛け、推進していただきたいと思います。

田村 豊 氏(酪農学園大学名誉教授)

 田村氏は、酪農学園大学において、獣医公衆衛生学や食品衛生学等の教育及び薬剤耐性菌の分子疫学に関する研究に従事し、特に、食用動物由来薬剤耐性菌の疫学の分野に精通し、幅広くかつ高い識見を有していることから、平成18年10月から微生物専門調査会(後に微生物・ウイルス専門調査会に名称変更)専門委員に、また、平成27年10月からは、新設された薬剤耐性菌に関するワーキンググループ(以下「WG」)の専門委員に任命されました。

田村氏の顔写真

(田村 豊 氏)

 食品安全委員会では、平成15年から、家畜に使用する抗菌性物質について薬剤耐性菌のリスク評価を行っており、田村氏は、微生物専門調査会、薬剤耐性菌に関するWGの専門委員として、黎明期から長期にわたり薬剤耐性菌の評価に貢献されました。

 特に、平成29年11月からは薬剤耐性菌に関するWGの座長として、薬剤耐性菌の評価のとりまとめに尽力されました。薬剤耐性菌の評価については、これまで硫酸コリスチンなど32成分の評価書がとりまとめられましたが、田村氏は、このうち31成分の評価書の作成・とりまとめに尽力されました。田村座長のリーダーシップのもと、令和3年6月には、我が国において飼料添加物として使用されている全ての抗菌性物質に関して、薬剤耐性菌の評価が完了し、その評価結果は農林水産省におけるリスク管理措置の見直しに活用されています。

 なお、氏は、世界保健機関(WHO)および国際獣疫事務局(OIE)において薬剤耐性菌対策を検討するメンバーに選出された経験をもとに、JVARM(家畜衛生分野における薬剤耐性モニタリング体制)を立ち上げました。JVARMは日本を代表するモニタリング制度としてWHOの薬剤耐性報告書(Antimicrobial resistance global report on surveillance 2014)にも紹介され、集積されたデータは、食品安全委員会における薬剤耐性菌の評価に必要不可欠となっています。

 加えて、氏は、薬剤耐性対策に関する普及啓発活動にも尽力しており、田村氏が理事長を務めていた動物用抗菌剤研究会は、第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰において、農林水産大臣賞を受賞しています。

−この度は誠におめでとうございます。受賞に際しての率直な感想をお聞かせください。

(田村氏)

 今回の受賞はまったく思いがけないことで考えてもいませんでした。これまでの活動にご協力いただいた専門委員の皆さん、事務局の皆さんがトータルで評価されたものと思っています。

−表彰対象となった功績に関する思い出やエピソードなどをお聞かせください。

(田村氏)

 薬剤耐性菌については、1999年に行われたWHOの薬剤耐性菌サーベイランスに関する国際会議に出席し、諸外国がヒト、動物、食品を包含した薬剤耐性菌のモニタリングをしていることを知りました。当時、日本はスポットで2回全国調査をしたデータがあるだけで非常に遅れていることを知りました。これを何とかしなければと思い、帰国してすぐに薬剤耐性菌のモニタリングの仕組み、JVARMを立ち上げました。

 2006年に食品安全委員会の専門委員になり、薬剤耐性についてリスク評価をすることになりましたが、振り返ってみると硫酸コリスチンのリスク評価は最も重要だったと思います。コリスチンは医療上重要な抗菌薬ですが、評価するにはデータが不足していました。食品安全委員会の研究班で不足するデータを出し、これに基づいてリスク評価を行うことで再評価ができ、農林水産省が飼料添加物としての使用を禁止し、医薬品は第二次選択薬にするなど、リスク管理につながりました。リスク評価とリスク管理がうまく機能することでリスク低減が進んだと思っています。

若宮大臣から表彰状を受ける田村氏

(若宮大臣から表彰状を受ける田村氏)

−後進の皆さんへのメッセージをお願いします。

(田村氏)

 現在の薬剤耐性菌のリスク評価は4段階の定性的な評価ですが、将来は日本が世界に先駆けて定量的なリスク評価をしてほしいと思っています。

 また、抗菌薬に関する薬剤耐性菌のリスク評価については日本が最も進んでいます。こうした評価結果を英文で世界に発信してほしい。できれば感染症の専門誌など、医療系の人も注目してくれるような雑誌に公表していただきたいと思います。

それと、これまで抗菌薬の評価はひととおり終わったので、次は再評価に取り組んでいただきたいと思います。

表彰式での謝辞

 表彰式の最後には、受賞者を代表し、佐藤 洋 氏から、「食の安全確保は国民の健康の礎(いしずえ)であります。私ども一同は、今回の栄誉を励みとし、それぞれの立場から食品の健康影響評価やリスクコミュニケーションに貢献できるよう、より一層の努力を重ねてまいりたいと存じます。」とお礼の言葉が述べられました。

表彰式で謝辞を述べる佐藤氏と田村氏、高橋氏

(表彰式で謝辞を述べる佐藤氏と田村氏、高橋氏)

令和3年度食品健康影響評価事業等功労者大臣表彰受賞者のインタビュー